I WANT TO HOLD YOUR HAND!

PRIVATE LESSON


 アリオスが赴任してきて、アンジェリークの生活は着実に変わっていった。
 クラスの副委員であるが故に、彼の様々な手伝いをするようにもなり、話す機会も増えてきた。
 また、スーパーでちょくちょく顔を合わせるようになり、ご近所としての付き合いも始まっていた。
 スーパーで逢った後は、彼は必ずと言っていいほど、フルーツやデザートなどを買って渡してくれる。全くの餌付けである。
 だが鈍いお姫様は、これがアリオスの故意によってされていることであることを、全く気づいてははいなかった。
 日曜日のお昼前。
 お弁当のおかずや昼夕食の買い物に、アンジェリークは”スーパー・ビッグドラゴン”に来ていた。
 今日はレタスの特売日で、ワゴンの周りは歴戦練磨の主婦たちが、大挙して押し寄せ、ごった返している。

 すごい…!! だけど欲しいし。背に腹はかえられない!!

 勇気をもって彼女はその中に入り込んだ。
 しかし、華奢な彼女は、主婦たちのパワーで体を押し戻されてしまい、手を伸ばしても中々レタスに届かない。
「よいしょっ!!」
 もがけばもがくほど、余計にレタスは遠くなってゆく。
 顔を顰めながら、半ば、諦めかけていたときだった。
「チッ、しょーがねーな!! とってやるよ」
 聞きなれた低い魅力的な声が降りてきて、彼女は僅かな隙間から見上げる。
 そこにいたのは豊かな身長を持つ、魅惑的なアリオス。
 彼は、軽くアンジェリークに微笑みかけると、簡単にレタスを2コ取り、あっさりと彼女に籠の中に入れた。
「有難うございます」
 ホッとしたような、本当に明るい笑顔を、アンジェリークはアリオスに向け、無意識に彼の狩猟欲をたかめてしまう。
「先生、だけど2個はいりません」
「1個は俺の分だ。持ってやるよ、籠」
「いつも有難うございます!」
 本当に心からの笑顔を彼に向けて、アンジェリークは嬉しそうに彼に籠を渡す。
 その愛らしい笑顔が欲しいためだけに、彼はここにいるのだ。
 最初、籠を持ってやると彼が言ったとき、彼女はそれをひどく否定した。
 ”先生にそんなことをさせては、申し訳が立たない”と。
 しかし逢うたびに、学校で話すたびに、彼女の緊張は少しずつ解けてゆき、ようやく変な遠慮がなくなってきたのだ。
 ここまで来るのにも、かなりの道のりだった。
 元来、早急に物事を進めたがる性質(たち)だが、今回に限っては、アリオスは辛抱強かった。
 何せ、彼が生きてきた28年間で、初めて”一目惚れ”した相手なのだ。
 そして、日ごとに愛しさが際限なく募ってくる初めての相手でもあった。

 この俺が、こんなに辛抱強いとはな…

 アリオスは自分自身で思わず苦笑いをしてしまう。
 籠を二つ持った彼は、アンジェリークの後を、いつものように着いて行く。
「本当に、先生、いつも有難うございます。何か私もお礼がしたいぐらいです」
「じゃあ、最初に会った時に言ったように、俺のメシ作ってくれよ。今からだったら、昼メシだな」
 甘い緊張がアンジェリークを覆い、一瞬、息が出来なくなる。
 お昼とはいえ、アリオスのマンション行って食事を作るとは、ひどく親密な感じがする。
 だけど断る理由なんてない。
 それどころかどこかときめいている自分がいることを否定できない。
「判りました。先生のために頑張ります」
 彼女は素直に自分の感情に従うことにした。
「サンキュ」
「ついでに、簡単な晩御飯も作っていきます。但し、タッパーを買いますから、少し持って帰らせて下さいね?」
「もちろん」
 うっとりするほどの甘やかな微笑を浮かべられて、アンジェリークは心を甘くかき乱された。
 この鈍いお姫様は、もちろん、”赤頭巾が狼のところに行く”シチュエーションだということを、気づいていない----  

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 お昼のメニューはシメジと牛肉の和風パスタと手作りドレッシングのサラダ、夕食のメニューは仔羊のトマトシチューに決まり、アンジェリークの吟味の元で、材料が買い揃えられた。
 彼女のお弁当のおかずや、パンなども買われたが、お礼にと、全額アリオスが出してくれた。
 大きなスーパーの買い物袋2袋を持って、駐車場へと向かう。
 アリオスは袋をわざと後ろの座席に押し込めると、当然のごとく助手席のドアを開けた。
「乗れよ。今日は助手席でも構わねえだろ?」
 一瞬、アンジェリークは、ここまで親密にしてもいいのかと躊躇ったが、アリオスの低い声で当然のように囁かれると、従わないわけには行かなかった。
 彼女が助手席に乗ると、彼女の家とは逆方向に、車は走り出した----


 到着したアリオスの住むマンションは、独身者にしては、かなり立派なものだった。
 とてもじゃないが一介の教師が住める物件ではなかった。
「先生のマンションってすごい…」
「ああ。俺は教師のほかに副業をしてるからな」
「副業?」
「副業って言うか、こっちがメイン。海外文学の翻訳の仕事をしてる」
「翻訳家!!」
 アンジェリクはその大きな瞳を更に大きく見開いて、感心と驚きの息を飲む。
 彼女の存在ほどたいしたことはないのにと思いながらも、アリオスは思わず苦笑いをした。
「たいしたことねーよ。さ、メシだ、メシ」
 促されて、アンジェリークは彼の部屋の中に入る。
 そこは、突然の訪問だったのにもかかわらず、普通の男所帯とは違い、かなりこぎれいなされていた。
 キッチンに案内されて、彼女は底でも驚いた。
 使っていない成果綺麗にキッチンはされており、道具類も豊富だ。
 こんなキッチンで料理をしたいと、誰もが思うだろう。
「キッチンはここ。一応、道具類や機器類は一通り揃っているから自由に使ってくれ」
「はい」
 張り切ってアンジェリークは答え、早速キッチンに入って準備にかかる。
「頼んだぜ?」
嬉しそうに笑顔でアリオスに答えると、彼女は昼食の仕度を始めた。
 もちろん昼食の準備がてらに、夕食の下ごしらえもしておくつもりだ。
 いつもの可憐なおっとりさが影を顰め、彼女はてきぱきと調理をこなしてゆく。
 そんな彼女をほほえましそうに見つめながら、アリオスは、ある決心をしていた。

 あの笑顔も、総て、俺だけのものにしたい・・・。
 今日が、勝負かもしれない・・・。

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 昼食の”牛肉とシメジの和風パスタ”とアンジェリーク特製のドレッシングがかかったサラダが出来たのと同時に、夕食の下ごしらえも出来上がった。
心を込めて作られた料理はどれも絶品で、正直、アリオスはその腕前に舌を巻いた。
「美味かったぜ。どれも本当にな」
 心からの賛辞だった。
「ホントですか!!」
 心からのその言葉が嬉しくて、それこそ嬉しそうに、楽しそうに、まるで太陽の女神のように輝かしく彼女は微笑んだ。
「おまえさん、いい奥さんになるぜ?」
 左右の色の違う不思議な瞳に、僅かに甘やかな光が宿り、彼女を捕らえる。
「そんなこと・・・、考えたこともありません…」
 艶やかな彼の視線から逃れたくて、アンジェリークは思わず俯いてしまう。
 そんな彼女が、可愛くて、狂おしいほど可愛くて、アリオスはやるせない気分になった。
「コーヒー淹れるか? おまえさんはカフェオレだったな?」
「はい」
「待ってろ」
 そんな心遣いですら、アンジェリークは嬉しくなる。
 彼女は自分でも気づかぬまま、彼に深く恋をしていた。
 キッチンに入った彼は、手馴れた手つきでコーヒーとカフェオレを淹れ、テーブルへと持ってきてくれた。
「有難うございます」
 彼女の前にマグカップを置い後、手をついて、アリオスは動こうともしない。
「あ・・・、先生?」
 直近くに彼の体温を感じて、アンジェリークは息が出来ない。
 艶やかな香りが鼻腔をくすぐり、ときめきを禁じえない。
「----何緊張してる? アンジェリーク」
 甘く囁かれて、アンジェリークは椅子から転げ落ちそうになる。
「あ…、あの…、先生?」
 突然、アリオスは軽い口づけを彼女に落す。
 触れるだけの羽根のような優しいキス。
 「あ…」
 唇を離されて、彼女の心の中で何かが溶けてゆく。

 先生のこと…、やっぱり好きなの?

 それは、彼女にとって”目覚めの鍵”に他ならなかった。
「----今日のお礼だ」
 甘い旋律が全身を駆け抜け、彼女は力が入らなくなって、椅子から滑り落ちる。
「おっと!」
 アリオスはいとも簡単に彼女を片手で掴むと、再び椅子に座らせる。
「俺のこと、悪い教師と思ってるか?」
 低くて艶やかな声に囁かれると、首を横に振るのがやっとだ。
「サンキュ。俺は、おまえが一番可愛い…」
「先生…」
 アリオスは彼女を支えたまま跪き、そっと抱きすくめる。
「あ・・・」
 アンジェリークは全身が感覚になるのを感じ、思わず甘い吐息を漏らした。
「俺が恐いか?」
「先生…」
 かろうじて首を横に振る。 
「俺はおまえが愛しくて堪らない・・・。おまえははどうだ? おまえがいやなら、俺はいつでも止められるし、これからは、教師と生徒で付き合っていく」
 アンジェリークははにかむように俯き加減で聞いていたが、初めて彼の首に手を回した。
「----抱きしめていて欲しい…。先生が…、好き」
 彼女の潤んだ青緑の瞳が、想いを物語る。
 それがアリオスには、堪らなく綺麗に映る。
「サンキュ。今度はもっと深いのを教えてやる」
 顎を持ち上げられ、彼の唇がゆっくりと降りてくる。
 最初は、馴れない彼女の為に優しく、ゆっくりとした口づけだったが、僅かに甘い吐息のために開かれた唇に、ゆっくりと舌を侵入させる。
 優しく、そして徐々に口腔内をくまなく愛撫してくる。
 最初はぎこちなかったアンジェリークの舌の動きも、徐々に慣れてきて、滑らかになってゆく。
「…ん…あ…」
 口づけが深くなればなるほど、頭が真っ白に溶けてゆくのを彼女は感じる。
 のけぞった彼女の首を彼は支えて口づけを続けた。
 やがて唇が離され、アリオスは、優しく彼女を抱きしめた。
「先生…」
「二人でいるときは、”アリオス”だ。俺もアンジェリークと呼ぶから…」
「ん…、アリオス」
 アンジェリークは噛み締めるように彼の名前を呟くと、ぎこちなく彼の胸に顔を埋めた。
「学校じゃあ、今まで通りだからな?」
「うん・・・。こんなことしない方がいいものね」
---ま、な」
 言葉を濁しながら、彼は優しく彼女の栗色の髪を優しく撫でてやる。本当は自分を抑える自信がなかった。
「正式に、俺と付き合ってくれるか、アンジェリーク?」
「うん…、喜んで、アリオス…」
 彼女の言葉を合図に、アリオスは、彼女の額、瞼、頬など、顔全体に甘いキスの雨を降らせる。
「おまえに一目惚れだったんだ。あの寝顔が可愛かった」
「寝顔を見てたの?」
 アンジェリークは思わず頬を赤らめる。
「ああ。枕を投げたおまえも好きだったがな」
「もう! 意地悪…」
 言葉とは裏腹に甘い声が漏れる。
「恐いことを教えてやろうか。スーパーで逢ったのも、用事を頼んだのも、全部故意だぜ?」
 低く甘い危険な囁きは、アンジェリークは嬉しさと恥ずかしさが入り混じった瞳を彼に向ける。
「知らなかったけど…、嬉しい…」
「おまえはどうなんだ?何時俺のことが好きになったんだ?」
 話しながらも、アリオスは、彼女にキスの雨を降らせる。
「あのね・・・、耳を貸して」
 アリオスは仕方なくキスを止めると、彼女の口元に耳を持ってゆく。
「----枕を投げた瞬間よ----]
 二人は互いに微笑み会うと、まるでじゃれあうかのように、際限なく口づけを続けていた---- 


コメント
3000番のキリ番を踏んでいただいたゆら様のリクエストで「保健室で眠っていたアンジェに一目惚れをしたアリオスが、彼女を落すためにいろいろ小細工をして、最後はラヴラヴバカップルED」というお話の完結編です。完結するのに3階もかかってしまいました(汗)
ゆらさまいかがでしょうか? 「小細工部分」がうまく表現できずに大変申し訳がないなと思っております。その上、突然のアリオスの誘惑シーン。
すみません。本当に変な感じになってしまいました。深くお詫びします。m(_)m
ところで、最近キリ番創作で続きました「高校教師モノ」
三作品の繋がりを出すために「TEACHER’S PET」を改定しています。
設定を優様に頂き、波乱編をヒナ様に頂き、そして今回の出会い編をゆら様から頂きました。
「高校教師編」の完結編を創作し、三人の皆様に捧げさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?
もしOKなら、BBSにカキコしてくださいませ。
有難うございました。